
悟りを開いた方はいますか?
どんな感覚で生きているのか聞かせてください。
主は去年、人生で最も辛いことがあり、結果自分を受け入れ特定の執着を手放すという経験がありました。とは言ってもまだまだ煩悩の塊ですが、そういうものを手放して、身軽に、善悪とかにも縛られず、ただあるがままの世界を愛おしく思えたら、どんなに素敵なのかな?と最近思うようになりました。
そんな境地にいる方、どんな世界か教えてください。
どんな感覚で生きているのか聞かせてください。
主は去年、人生で最も辛いことがあり、結果自分を受け入れ特定の執着を手放すという経験がありました。とは言ってもまだまだ煩悩の塊ですが、そういうものを手放して、身軽に、善悪とかにも縛られず、ただあるがままの世界を愛おしく思えたら、どんなに素敵なのかな?と最近思うようになりました。
そんな境地にいる方、どんな世界か教えてください。
2026/01/23(金) 21:24:55
悟り開いた人がガルちゃんなんかやるかなあ。
2026/01/23(金) 21:25:38
>>4
承認欲求が捨て切れてないよね
2026/01/23(金) 21:26:53
>>4
これ書きにきた
2026/01/23(金) 21:34:28
>>4
私は悟りは開いてないけど、アラフォーになって昔よりは落ち着いたよ。
若い頃は辛く感じるだけだった、悩みの原因とかはわかるようになってきた気がする。
それはそうとガルちゃんは面白い!
雑談とオタトークばかりしてます。
2026/01/23(金) 21:47:50
>>4
寺にこもって修業しても簡単には悟りは開けないらしいよ。寺から出て俗世間で修行する必要があるって聞いた。
2026/01/23(金) 22:16:23
全てを跳ね返す真理の扉🧘✨
2026/01/23(金) 21:25:55
>>1
善悪にはゆるやかに拘束されていないと愛せる世界じゃなくなる気がする
2026/01/23(金) 21:26:20
それはそれは解き放たれた感覚の素晴らしい世界でしたが
私はすでに一周して戻ってきました。
2026/01/23(金) 21:26:47
因果応報は存在し何事にも旬がある事。
2026/01/23(金) 21:27:31
何もしなければ何もしなかった後悔だけで済むと知って何もしないことを選択した
人生に波風不要
2026/01/23(金) 21:27:41
明日は明日の風がふく
2026/01/23(金) 21:27:55
病んでた時ずっとブッダの教えを聞いてました。
2026/01/23(金) 21:28:03
40を超えて独身だと辛くて何も感じなくなった
2026/01/23(金) 21:28:31
感情を切り捨てる
喜怒哀楽もない
生きてる感覚が希薄化してる
2026/01/23(金) 21:29:30
悟り開いたらむかつく相手に怒らないのかな
2026/01/23(金) 21:29:48
>>1
16歳で家族解散して一人でホームレスしながら生き抜いてきた私からすると、自分を幸せに出来るのも自分しかいないし、自分を大切に出来るのも自分次第と気づいた頃からかな。
やっすい給料でも働かせてもらって、それでご飯食べて雨風しのげる狭い部屋でも眠れるならこれほどの幸せはないと思ってるよ
2026/01/23(金) 21:30:13
私は会社でも誰にも必要とされてないし、家族からもいてもいなくても結果同じ人間だっていう考えは基本変わらないのに、たまにそれが辛く感じる
悟りを開いて無の境地に立ちたい
2026/01/23(金) 21:30:56
>>1
悟りを開いた という言葉を、主さんはどのくらいのレベルを想定して使ってるんだろう……
2026/01/23(金) 21:32:30
>>1
悟りではないけど…
今までは自分の好き・嫌いの感情や快・不快の感覚を大切に生きてきたんだけど、そういう感情って無駄だ〜なと思うようになった
今はただ良心に従いやるべきことをやるのが大切な気がしてる
務めを果たす的な
とはいえまだ感情に支配され上手くできてないんだけどね
2026/01/23(金) 21:34:47
悟り開きました
無になるわけではなくて人間が悩んだり欲があるのは自然なことだなぁと理解することで楽になった。
すべてにおいて「しょーがないな」と気持ちを切り替えることができて基本的にいつでもご機嫌です。ここ10年は人間関係の悩みがない。
周りの人々に感謝、自然に感謝、すべての働く人に感謝、歴史に感謝…
2026/01/23(金) 21:37:15
>>1
例えば主が執着を手放そう(自我が操作)とするとするでしょ?
そうするとどっかのタイミングで「努力(必死・頑張る)」のニュアンスが100になる。
それでもなお「苦」は無くならない。この時に絶望感に似た「やりきった(もう出来ることはないな)」って心境になる。
そして心と体から力みが抜ける。
この抜けた時の「妙な心地良さ」と「呼吸が自然に戻る(自我の介入なし)」が繋がる(リンクする)
そしてそれを皮切りに、心臓が早くなって戻る時も自我の介入要らず。自転車に乗る時のバランス取るも自我の介入要らず。沸騰したヤカンに触った時の手を引っ込めるも自我要らず。
歩くも自我要らず。聞くも自我要らず。見るも自我要らず。
こんな感じで「自我要らず」に気づいて生きて、あれ全部要らないじゃん。むしろ自我が邪魔してるじゃんって感覚に達し、「何もしない」となる。
この時の「何もしない」は植物みたいになるってことじゃなく、自然な第1の反射の動きを受け入れ動作を流すことが、結果的に自然と調和するってことがそれまでの経験から腑に落ちてる状態。
だから、例えば真冬身体が冷たいとして、第1の矢としての「冷たい」という感覚だけで止まって、「寒いからヤバい」とか、「寒くておかしくなりそう」とか物語化をしなくなる
そのことによって苦の総量が変わる。
これが悟り
2026/01/23(金) 21:38:51
諦めて消化試合みたいな感じ?
無気力無感情とは違う?
考えてもよくわからなくて、とりあえず良い行いを心掛けてる
2026/01/23(金) 21:58:33
>>1
瞑想で感覚を全て受け入れてると、「体験の欠如」が起きる。
普通は「私」が「~を経験してる」って感じ方だけど、その「私」がいなくなって自然に溶け込む。
体験の枠組み自体が立たない=主体も客体もなく、単なる「あるがままの現れ」だけが残る
これによって感覚が先に立ってその後に「私」や「概念」が立ち上がる事を知る。
その後付けの「私」や「概念」を「納得させたところで意味がない」と心の底から分かる。
それによって淡々とした感じ方・動作になり、悩むという仕組み自体が立ち上がらなくなる
2026/01/23(金) 22:54:19
癌発覚~治療中~寛解直後くらいまでは悟り開いた状態だったと思う。何年かしてまた煩悩の塊だけど(笑)
健康を失うと今までの当たり前の生活や人生の尊さ、有り難さを痛感しすぎて悟り開いてた。
どこも痛くなく苦しくなく24時間管に繋がれ何ヵ月も無菌室から出れず何処にも行けない状態じゃないなら何でもいい。家に居られて呼吸して食事してトイレまで歩いて行ける体力、お風呂に入る体力があるならもう何でもいいってことに気付いた。
好きな時に好きなこと(ゴロゴロしたりお菓子食べたり些細なこと)が当たり前に出来て、何の苦もなく体が思い通りに動いて、出掛けたりできることは本当に奇跡で、元気に何事もなく生きられてるだけで幸せなことだとわかった。健康があれば何でも出来る。人生は意思とは関係なく突然終わる、閉ざされる、全く変わってしまうことがある。だから自分が自分であるうちに、健康があるうちに、生きているうちに、ただただやりたいことをやればいいだけ。
だって突然出来なくなるからね。
別に煩悩あっていい。くだらないことも全部やればいい。意識があって、考えられて、認識できて、動けるなら本当にラッキーなこと。今を大切に今を生きるだけ。
2026/01/24(土) 02:03:02
編集元: 悟りを開いた方
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